
小学生ユニット「キグルミ」が歌う♪た~らこ~、た~らこ~。「キユーピーあえるパスタソース たらこ」のCMソングがオリコンチャートをにぎわしているようですが、あれ、好きです。。ちょっと不気味なかわいさを『キモカワ』というんですってよ。
周りに人がいるのも忘れて、元気に歌ってしまっている自分に気づき慄然としますが...。
さて、福岡を代表する特産品である明太子についての、帝国データバンク福岡支店の調査結果から。
宮城県の業者による販路拡大により、国内生産における福岡県のシェアが00年の78、3%から05年には68、7%まで低下。
惣菜や調味料としての市場は伸びているらしいんですが、贈答品市場が冷え込んでいて、今後の懸念材料として、同支店は2000年に2万9000トンだっためんたいこの国内在庫が今年末には5万7000トンに倍増する見込みなんだそうです。
メーカーの05年度売上高首位は博多まるきた(福岡市)の199億3500万円。以下ふくや(同)、東京かねふく(東京)など大手業者の売上高は多くが横ばいか減少傾向なのに対し、インターネット通販で販路を開拓したり、料理や総菜用の加工品を取り扱う中堅業者の台頭が目立つとのこと。
価格が安くなっていくのはとてもありがたい事ですが、国内の流通・物流が成熟し、地域の色合いがどんどん薄まって、どこにいっても同じようなお土産がならぶこの頃。
豚骨ラーメン、もつ鍋とならび、博多を象徴する食材だけにちょっと残念な感じですね。
以下は、『全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会』という、いかめしい名前のサイトから。
明太子なのに文章は固い。
■辛子めんたいこの由来
お隣りの国・韓国・朝鮮で親しまれている、赤唐辛子を使った伝統的食品の1つであります。
辛子めんたいこは、明太子(たらこ)を粉唐辛子にまぶしたもので、キムチやコチョジャンといった唐辛子を使用した食品に原形があるといえます。
■博多の町の名物になった理由
辛子めんたいこは、現在のように博多の名物になる以前より、もともと朝鮮半島から輸入されていた食品です。元来、博多・北九州・下関といった朝鮮半島と交流の盛んな地域では、日常のお総菜として魚屋の店頭等で売られていました。
博多の場合、朝鮮で育った人が戦後博多に引き上げてきて、昔朝鮮で食べた美味しい辛子めんたいこの味を日本でも食べてみたいとの想いで、昭和24年頃から独自の明太子造り始め、それをお土産品として売り出したのが始まりだということです。
そして、現在のような容器にパックされて持ち運びが容易にできる土産品の形になったのが、博多の名物としての「辛子めんたいこ」の始まりだと言われています。現在の辛子めんたいこは、韓国・朝鮮の原形のものより日本人の味覚に合うように工夫して作られています。辛子めんたいこは、ひとはら(一腹)、ふたはら(二腹)と教えます。くっついた2本が一腹です。明太子はスケトウダラを意味するハングル語ミョンテ(明太)の子が語源です。

国土交通省 九州地方整備局 下関港湾事務所のHP『しものせきナビ』の中の「下関はじめて物語」では、“下関発祥の「博多名物」辛子明太子” と、題して、我こそは国内ルーツだと主張しています。(以下抜粋)
●からしめんたいこ●
辛子明太子は九州・博多の名物として有名ですが、実は下関こそが日本の辛子明太子の発祥の地であることは、あまり知られていません。
辛子明太子は、もともとは朝鮮半島で食べられていたもので、昭和初期に大陸との貿易窓口であった下関に伝えられたといわれ、日本人の口にも合うように作られるようになり、現在の味が定着しました。今や博多名物として人気を誇る辛子明太子ですが、福岡で作られるようになったのは終戦後とか。
とか。が、いいです。本家・元祖の意地が垣間見えます。
みんながルーツを競いたがるほどの旨さ!
と、言うことでいかがでしょう。
夏バテが出ていると言っているアナタ!
辛子明太子でご飯どんどんいけますよ~。
かくいう私は、『全国辛子めんたいこ食品公正取引協議会』の関係者ではありません。念のため。。(*^^*)